トロン・レガシー

28年ぶりの新作。前作はこのあいだDVDで観た。主演のジェフ・ブリッジズは「クレイジー・ハート」ではでっぷり太った動きの緩慢なおじさんになっていたから、どうなんだと思っていたけど、今作でもそれほど違和感はなし。

いろいろとおかしなところは多い。プログラムをキャラクターに、システム(カーネルみたいなもの?)を顔だけの存在に描いて、それなりに「コンピュータっぽい世界」を見せた前作から30年近く経っているのに、スケール感がちょっと上がっただけ、という世界では、おかしなところのほうが目立つ。このシステムはネットワークにもつながらず、淡々と23年間(ケヴィン・フリンは前作の後87年までシステムに手を入れていた、という設定)ユーザーを待ち続けたのか……その他諸々。

「今日日、コンピュータはネットワークにつながっていてだな……」みたいなことを考え出すと、ほとんどもう「トロン」としては成立不可能なくらいシナリオのパラメータが増えすぎてしまうので、注意深くそのあたりへの言及は避けている、と言ったほうが正しいか。「この世界でもインターネットは一応ありますよ〜」というアリバイづくり程度に、「Web」という単語が冒頭ちょっと出てくるだけ。

しかし、細かいことはどうでもいいんだよ、という映画として観ていたので、とくに不満はなし。

上にも書いたが、これは、ムーンウォークではなく電子ゲームに脳を焼かれた子供のための「THIS IS IT」なので、気分の沈んだときに観に行って映像と音で盛り上がって帰ってくればそれでよい。映画館を出た後、世界が The Grid っぽく見えていれば、この映画の勝ち。

82年の公開後、ライトサイクルをテーマにした素人の自作パソコンゲームがどれくらい作られたか(点と線で表現できるから作りやすい)、そしてそのどれもが「……でもこれ、ゲームとしてそんなにおもしろくならんよね?」という微妙な感想と共に記憶の底に葬られたことを、考える。

マイケル・ジャクソンムーンウォークの真似をしようと教室の後ろでいろいろ試して「やっぱオレには無理……」と落ち込んだ記憶に、よく似ている。

マイケルを好きだった子供たちが「THIS IS IT」を観て、「やっぱりマイケルは素敵だ!」と思い出したのと、おなじ効果が、この映画にある。それは、現実からは手が届かないが、確実にむこうがわに存在が感じられるものなのだ。

この映画で、The Grid のシーンだけを3Dで表現したのには、だから圧倒的に必然性がある。「ニューロマンサー」の冒頭、ケイスが棺桶(コフィン)の中で夢見るサイバースペースと、目が覚めたときの喪失感に重なる。その喪失感を、登場人物に語らせず、直接観客に体験させるのだから、ある意味、「アバター」「インセプション」よりも危険なメッセージと言えるのかも知れない。

3D得点を入れて、74点。

付記

酷評も多いな…「時間の無駄」とか…だいたいそんな時間を気にするなら映画なんて行かずにコンビニでバイトとかすればいいですよ…。

海長とオビ湾さんが書いてられることが、だいたい自分の感想に近い。28年前の未来なんすよこれは。