books: 『火刑法廷』,J.D.カー,早川文庫, ISBN:4150703515

(ネタは割っていないつもりですが、未読の方が下の記述を読んで小説を読み始めると、十分に驚きが得られない可能性があります)

まだ2回目を読んでないのでちゃんと感想が書けないが、これはすごい話だ。ミステリだと思って、丹念に現実と非現実の境界に柵を立て、条件を絞りながら読んでいくと、柵を立てたこちらがわが内側になってしまったので半泣きで柵をたぐりながらもう一度全部今来たところを歩かなければいけない、という小説。といってもオレも最後の松田道弘の解説で指摘されなければ「何だそれ?」で終わっていたけど。

また、登場人物が頻繁に「それは君が言ってるだけだからね」というような言い方をして、お互いの言い分が相対化されているところも気に入った。ミステリを読んでいて、「…とか言ってお前の言ってることも嘘なんだろ?」と思い始めると、途端に、記述のどこを信じていいかわからなくなる。

そういうとき根拠になるのは、探偵役に近い人間は取り敢えず嘘はつかないだろう、という、非常に脆いお約束でしかない。これには例外もいろいろあるわけで、探偵だって信頼おけるものではない。かろうじて、「**シリーズ」とかいう、小説の外のメタな記述をもとに判断し、読み手は足場を築くわけだ(少なくともオレはそんな感じ)。

「誰かが嘘をついて真実が一つなんていうのは嘘で、全て誰かの言い分でしかないのだ」というのを、ミステリの中で真面目にやってるのは初めて読んだ。