祭り囃子・時間の拡縮

古い脳の部分のmutronixさんからのお便り:

私の周辺では絶賛大不評中の秋祭りが今年も熊本にやってきます。去年はWizard大会の日が祭りの日で、松岡さんの持ってきたスピーカにiPodを繋がせていただいて、祭り囃子の喧噪を打ち消すような音楽をかけた記憶があります。今思い出しましたがデビシルでした。打ち消せるわけもない。っていうかデビシルという略はどうかと……

こういった調子でTwitterなどに「今年もDQN祭りですね」などと書いたりするのですが、私はTwitterでは目に付いた熊本在住の方をほいほいフォローしたりするのであり、そういったかたが「今年もボシタの季節ですねー」と喜んでいらっしゃるのを見ると、あんまり滅多なことは書くものではないな、と思います。

何が言いたいかというと、倫理観によって「滅多なことを言うものではない」という自制が働くことは少ない人間でも、観測範囲を拡げることによって、自分の発言の青筋立て具合を相対化することは可能だということです。

毎年思うのだが、祭り囃子にリズムマシーンやサンプラーなどの電子楽器を導入したら怒られるのだろうか。

もう一通いただいています:

オレがラブプラスやらないのは、時間がリアルタイムだからなんですよ。ゲームというものはエンターテイメントである以上、なんらかの抽象化をはさんでいるべきで、実時間と併存すべきではないんじゃないかと思うんです。

どうぶつの森」などでも、あー今日は店行けなかった、今日はとたけけに会えなかった、みたいな部分っていうのは、結局現実からもたらされる環境制約なわけでしょ。将棋を指すという遊びに関して私たちは「将棋盤をひっくり返す」というイベントを込みで考えたりしない(以下略)

そこまで考える必要はないのでは。あと、ラブプラスにはリアルタイムじゃないモードもあるらしいです。