こわい話

怖い話を聞いた。

友達のところにときどきピアノを習いにくる大学生がいて、医学部で眼科医を志しているという。おせじにも、器用とはいえないような感じの子で、ピアノの上達も、趣味でやっているとはいえ、あまりはかばかしいとはいえない。なんでこんな女の子が目医者になるのだろうか、と不思議に思えて、あるとき友達は尋ねてみることにしたのだそうだ。
すると彼女は、自分のおいたちを話し始めた。

「あたしね、子供の頃、コーヒーを飲むと左目がものすごく痛くなってたんです」
「ふうん、まぁ、子供だから、そういうのもあるかも知れないね」
「それが、全然治らなくって、高校生の頃までずっと痛かったんです」
「苦いのが苦手とかかな?」
「いえ、あたし、甘くないと飲めないんで、いつも砂糖は3杯くらい入れるんですよ。それでね、あたしも、何が原因なんだろうって、ずっと、思ってたんですよ。砂糖がいけないのか、コーヒーの粉とか豆がいけないのかって、いろいろ変えてみたりしてたんですけど」
「それは、カフェインそのものと相性が悪かったってことでしょ?」
「でしょでしょ? でもね、コーラはなんともないんです。」
「コーヒーを飲むときだけ、目が痛くなるんだ」
「そうなんです。でね、それまではまぁ相性悪いのかなーとか思ってただけだったんですけど、受験勉強してるとやっぱり飲んじゃうじゃないですかぁ。ちょっとこれはまずいかなーと思って、はじめて眼科にかかったんですよ」
「なるほど」
「でも、見せる先生見せる先生、なんともないです、おかしいところなんてないですって言われて、大学病院では、もう来なくていいですよ、とか言われるし」
「ふーん。まぁ、悩んでる患者にそういう言い方はよくないね」
「でしょ? ひどいですよね? それで、もうあたし、どうしてなんだろう、目じゃなくてもっと、脳とか神経とかなのかなって考えだしたら、ものすごく怖くなって…で、最後に、隣町の眼科に行ったんです。病院はものすごくオンボロで、看護婦さんも一人しかいないようなところで、先生おじいちゃんだったんですよ。ちょうどその日は、中間試験の最中で、西日の射し込む待合室にこうやってぽつねんと座って、あー、こんなところまで来てあたしいったい何やってるんだろ、みんな勉強してるのに、あたしだけ、こうやって少しずつ、みんなとは違うところに置いて行かれちゃうのかな、とか考えてたら、涙が出てきて…でもね、そのおじいちゃんの先生が、治してくれたんです。」
「ほお。」
「…君の心配なんかどれほどのものでもないよ、ぼくは、視力を失う未来への不安で泣いている人をたくさん見てきたからね…とか、やさしく言ってくれて、ああ、あたしも、こんな生き方のできる先生になりたいって、そのとき思ったんです」
「え、ちょっとちょっと。目は?」
「え、治して貰いましたよ?」
「大手術だったんじゃないの。よくその先生治してくれたね。」
「いいえ?」
にっこり笑って彼女は言った。
「先生が教えてくれたんです。君は、砂糖を混ぜたあとスプーンをそのままにしてコーヒーを飲んでるんじゃないのかね、って」