キャッチされた日記、意味の上書き

「あの、**にお住まいの方ですよね」と声を掛けられた。

「そうですが、何か…」「あの、以前もこうやって声をかけたと」「あ、あぁ!」と、そこで思い出した。顔は本当に覚えていなかった。その人に以前、外で「同じマンションに住んでいる方ですよね」と声を掛けられたことがあったのだった。もうずいぶん前のことだ。「わたし、あれから引っ越したんですよ」マンションの同じエレベータで一緒になったりしている筈なのだが、本当に印象が薄い。全身ピンクのスーツを着ていたりすれば、覚えるのかもしれない。もちろんエレベータの中では、同じマンションの知らない住人として、顔を覚えようとも思っていなかったわけだけど、どうも声を掛けられたその後も何度か顔を合わせていて、気づいていなかったらしい。

一度そのことをネタに話しかけてしまえば、次から「覚えていらっしゃいますか」と声を掛けて、曖昧にしか覚えていない、ということをネタにできるからこれを別人が繰り返し行えばキャッチセールスができるのではないか、と思ったがそれは冗談ということにした。わたしのほうは本当に顔を覚えていなかったから判断できなかったが、席に座っていたのは向こうのほうが先だったし。

いや、そのときのわたしは、実際はそのように冷静に考えていたわけではなく、気づかなかった、顔を覚えていなかった、ということに対してどう冗談でごまかそうかとあたふたしていた、のだったが。

しばらくの間取り繕うように話して、別れて、帰宅した。

このようにして、12月14日夜のわたしは、書かれたわたしに、いちぶ虚構を交えて転写された。

そして夜が明け、12月15日の朝が訪れた。誠実な人の上にも、(わたしのような)恥知らずの上にも。わたしは遅く起きて、朝食をあきらめ、支度をして、移動して、座って、ブラウザを開き、この文章を書きはじめた…ここで時間はこのエントリの最初に戻る。