「人に禁止を強制するなら当然**すべきである」

id:DocSeriさんの「所定のアドレス以外のリファラをもつアクセスを、別ページにリダイレクトするJavaScript」(これを敢えて「無断リンク禁止スクリプト」、と呼ぶのは冗談みたいなものと理解)を読んだ。

ブックマークコメントの

穴はあるけど,禁止論者は喜んでこれをつけてもらいたい。それすらしないのに禁止を叫ぶのは,ドアを開けっ放しにして泥棒を嘆くのに似ている。

というのは何だろうと思った。

以下思ったことを数点。上のコメントをしたid:myrmecoleonさんに食ってかかる意図はない。どちらかというと、常々思っていることをブクマエントリを触媒にして言語化してみる感じで。

「リンク禁止論者」と「リンク禁止論ヘイト論者」というのがいると設定して書く。

1.泥棒がいるという主張を妄言だと切り捨てたいのならドアに掛ける鍵を渡すのはおかしい

  • リンク禁止論者から見て「無断リンクする人」は泥棒に見える
  • リンク禁止論ヘイト論者から見て、リンク禁止論者の「泥棒」観はばかばかしい

のだから、禁止論ヘイト論者は禁止論者に対して「泥棒などいない」ということを啓蒙するのが本筋。

2-a.前提:JSはクライアント側の設定によって無効化される

ekkenさんのブクマコメントにもあるが、元記事のスクリプトは、効果としては「右クリックは禁止です」とかアラートの出るJSなみ。

2-b.簡単に開けられる鍵を「これを使え」と手渡すのは本質的ではない

効能の限界を知った上で、気休めJSを「リンク禁止を主張する奴はこれを貼れ」と教えるのは、本質的な解決ではない。

もとより、リンク禁止論者が、啓蒙に対して聞く耳を持たないので、本質的な解決という道はふさがれているのだが、それならば「これは本質的な解決ではありませんが気になるならどうぞ」という提示を示す程度にしたほうがよいのではないか。

3.煩いことを言うなら家に鍵をつけてから言え、という理屈がおかしい

リンク禁止論者に対して義務のようなものを課すのはおかしい。
ここで「リンク禁止論者」の定義:他人に無断リンク禁止のような理不尽を強制している人のこと、とする。
たしかに、このような主張がまかり通ることによって、あるべきサービスが使えなくなってしまうのは問題かもしれない。リンク禁止論が横行するのは脅威かもしれない。
しかし、他人に理不尽さを強制するということを、別種の「スクリプト設置義務」という手間によって埋め合わせしてもらうのはおかしいのではないか。それっぽく言うなら、不快は何かの通貨ではない、というか。スクリプトを置いても置かなくても「無断リンクは禁止です」とは言える。

4.ゆるい鍵を貰って喜ぶ人を笑ってないか

この項は単なる感想。2-bの展開。
リンク禁止論者が批判されるときの根拠は「webとはリンクするのが本質。リンクを禁止するなんて、ナンセンス」といったところか。
これをすすめて「リンク禁止なんていう発想する奴は馬鹿じゃないの」という見下しを含んだ見解の人のことをここで「リンク禁止論ヘイト論者」というふうに呼んでるわけだけど。そういう人が「勝手にリンクされたくないのならこのスクリプトでも貼っておけばいい」というのは、見方によってはさらに高度の見下しに発展するよなぁ、と思った。

うちの家に泥棒が! と騒いでいる人に対して、泥棒なんていないのになぁ…と思いつつ、「この鍵をドアにつけてからそういうことを言ってね」と、半笑いでゆるーい鍵を渡している底意地の悪さがある。つけたらつけたで、また笑うんじゃないの。

文章ではなく貼ってあるコードでその人の属性をチェックできるしなぁ(これはさすがに冗談)。

まとめ

リンク禁止論者に対して、気休め程度のJavaScriptを提示するのは、摩擦の解消には有効。しかし本質的な解決ではない。
無断リンク禁止論者の主張を完全に根絶やしにすることはできない。無断リンク禁止だと思ったら、そのように言う最低限の自由はある。
JavaScriptの設置を条件にリンク禁止論を唱えてもよい、といった、権利や義務のやりとりは不要であり意味不明。だから、家の鍵をかけてから泥棒が怖いと言え、という比喩は不適切。

雑感

あーしかしそもそも、リンク禁止論者は、「リンクを辿って私のページを読まれること」を問題視しているのだろうか?
まぁ論理的な展開としては「ハイパーリンクではないURL晒しのことを例に挙げるとリンク禁止論者は口ごもる」=「リンク禁止論者の論点はクリックでリンクを辿られることにある」ということなのかもしれない。(というふうにDocSeriさんは推論したんじゃないかと推察する)
うーんしかしそれは、「無断リンク禁止」、ではなく、「無断でリンクを辿るの禁止」だなと思う。無断リンク禁止という場合には、やはり「自分のwebリソースに対して自分の影響の及ばないところで言及されてしまう」ことが嫌なんだな、と解釈したほうがいいような。