twitterについて

これがコミュニケーションツールというのがあんまりピンとこない。人も頑張ってるなぁオレも頑張らなきゃ、というのがコミュニケーションならそうかもだけど。

ゆるい雑談が有用、というのもいまいち。twitterの雑談から有益な情報が出てくる確率は低いだろう。そりゃまぁ、面子にもよるかもですが。

で、なんでそんなものをやってみるのかと考えてみると、サイボーグ願望みたいなものが、twitter欲の近くにあるかも知れないな、と思った。人工無脳と話しているときの、鏡をのぞき込んでいる感じと言ったらいいか。

半機械半人間

私が読んでいるFriendsの言葉は、私に向けられたものではないかも知れない。機械が自動的に作ったものかも知れない。

たとえば、私は手打ちで、twitterに今聴いているアルバム名を入力したりする。わざわざそんなことをしなくても、iTunestwitterに自動的に投稿する仕組みというのもある。

それは単なる手段の違いでしかないように思う。投稿したあとで、客観的に見たとき、その二つはあまり見分けが付かない。

あと、どうも無差別にFriends登録してるな、という人がいたりする。Friendsが1000件とかそういう。これも人だかプログラムだかよくわからない。本当に友達いっぱい作りたい人なのかも知れないし、私たちの発言を収集しているbotなのかも知れない。

そのへんのわからなさが、ちょっと楽しいと思います。

自分の書きたい欲だって、どこからが機械的に駆動してるものか、判ったもんじゃない。

追記

http://nwitter.com/ というのがあって、ここに自分のidとパスワードを入力すると、自分の代わりにメッセージを勝手に投稿してしまう。

しかし、勝手に投稿とはいうが、そのトリガーを引いたのは自分だから、自分が投稿した、ということでもある。

これはネタというより、「投稿してしまえば手書きも機械も同じじゃん?」という発想を喚起するメッセージだと、深読みで理解した。