悪人

邦画への偏見もよくないし、モントリオール映画祭への偏見もよくない。そんなものは「シネマハスラー」はじめそこらへんの下品な映画評による一時的な刷り込みにすぎない。私だって、観れば邦画を好きになっていくはず。…と思ったので、「悪人」を観に行った。

前半は、いいじゃない! と思って見ていた。満島ひかりのビッチ芝居も、地元感のある絵づくり(国道沿いのフタタ、デートに呼子に行く、etc)もいい。地方の行き詰まってる感じが画面から伝わってくる。私が九州に住んでいるせいかも知れないが。

妻夫木聡のキャラの描写の仕方など、踏み込みが足りなげなところもある(対人的に不器用なのではなく、対人的にそつなくこなせるところがあって、それがときどき虚無の顔をのぞかせるのが、本当にからっぽの人間の姿だと、僕は思うんだな……)けど、全体的には「フローズン・リバー」とかに近い棚に置いていい、観ていて息苦しい、イエロー・トラッシュ・サスペンスになるのか、と思っていた。

ところがこの話がなかなか終わらない。

前半「灯台」の話題が出てきて、それはヒロイン(深津絵里)がいささかユルい善人キャラだということを示す演出か、と思えるのだけど、後半本当にそこに逃避行することになり、話はリアリティをなくしてファンタジーになる。満島ひかりの退場とともに、私があんまり観たくなかったかんじの日本映画になってしまった。

後半、「地の果て」のように見える灯台が出てきて、あーこれはよくない予感がする、と思っていたら、被害者の父親(柄本明)が、突然テーマっぽいことをしゃべり出した。「君には大事な人はいるかね」はぁ…「それじゃぁいかん、いかんよ…」

都市伝説と思っていましたが、「このえいががいいたいこと」を、口に出して言う映画、というのは実在するんですね……。

仮に、この取って付けた後半が、プロデューサや出資者の要望で「誰が観てもわかりやすくてちょっと泣けるように作っちゃってよ」ということになって作らされたのだとしても(それくらい前半と後半のトーンの違いは不自然)、だ。逆転のやりようはあったんじゃないんだろうか。

柄本明のテーマっぽい説教によって、なんかしらんうちに、深津絵里樹木希林も「こっちがわ」の人間にさせられてしまい、チャラい大学生が「あっちがわ」にさせられてしまった後、柄本明深津絵里には対峙するチャンスが与えられる。

そこで、ほら、なんかあるっしょ……さすがにあのまとめで深津絵里を「こっちがわ」にするのは、なにがしかの留保や深みが必要でしょ……えぇぇぇぇ! なんもねー!

(単純に「こっちがわ」ではないです、ということが、その前の鏡のシーンや、ラストの逡巡で表現されてるよ、とか解釈することもできるけど、うーん…)

サスペンスかと思ったら、突然、どこにいるんだかわからないわら人形を取り出してそれを呪いはじめられてしまい、見ているこっちはポカーンとなった映画だった。

私の「なんもねー!」とかいう書き方は軽薄だろうか? それなら私は、柄本明が説教するところの、人を嗤うことしか頭にない、「あっちがわ」の人間なのかも知れない。話は簡単だ。でも、私が、主人公の妻夫木聡と同じところに住んでいる「からっぽ」の人間だとしたら、私は柄本明に何と説教されるべきなのか? 柄本明の説教に重ねられる映像には、妻夫木聡の顔は1カットも出てこなかった(と記憶してる)。自分がわかる奴を選んで「こっち」「あっち」に分けて、それで何かいいことがあるのだろうか。

58点。

もっと低いかな…でも前半は楽しめたので。

小ネタメモ

  • 原作読んでないです
  • 久留米から博多までは電車で30分くらいなので、映画で言われているほど、田舎と都会の感覚があるかは疑問
  • 烏賊を食いに行ってたのはたぶん呼子だと思うけど、呼子というのは福岡から見た「車でちょっと行けるおいしいものデート」って感じする。深読みすれば、どこに行っていいかわかんないから、佐賀人と長崎人の二人が、福岡基準の情報で、とりあえず呼子に行っちゃった、という、すごく哀しいシーンにも見える。(佐賀にはたしか、まだ民放が一局しかなくって、福岡の局の放送を見てる。その他いろいろ文化的なあれこれが、福岡佐賀の間にはあると思う)
  • 深津絵里の住んでるところが、佐賀でも久留米からそんな遠くない佐賀だったらかなり残酷(鳥栖とか)
  • ビッチ三人組が飯食った後歩くバックは、たぶん大橋あたりの西鉄の駅。(東京でいう**沿線みたいな感覚が、天神から西鉄で南に数駅の範囲で、存在する。大橋は女子大もあるし女の子が多いイメージある)
  • 原作がそうなのか、全体的にかなり土地勘のあるロケハンだったのは好感もてた。
  • 終わってる話としては「ケンタとジュンとカヨちゃんの国」も一緒に観たほうがいいのかも。こっちはちゃんと終わりを終わらせてるみたいだし…(私は未見)
  • 強気で書いてますが、30代の九州の貧乏独身が観るのはそうとう辛いと思います。特に樹木希林のばあちゃんが危険。見ていて「ごめん、ばあちゃんごめん」となんども謝りたくなる。