瞳の奥の秘密

アルゼンチン映画。今年のアカデミー賞外国語映画賞

25年前の殺人事件のことを小説に書こうとしている、元検事補の男が、かつての上司であり、今も現役で働く女の元を訪れる。小説にしたいんだけど書き出しがわからないんだ、と切り出す男は、事件当時、女に想いを寄せた過去があった。過去の事件の再生と、現在を行き来しながらドラマが進む。

冒頭、なんだかわからないが涙腺が緩む。なんだこれ。死体が見付かって、旦那にそれを告げるあたりまで、凝りに凝ったカメラワークと演出に引き込まれる。ものすごく美味しいものを食べてる感覚。撮影が優れてるのか、「小説を書く男」という設定で下駄を履いているのか。

そこから話は落ち着き、淡々としたサスペンスになって行く。ウッディ・アレン似の同僚がいい感じでダメさを発揮しているのがよい。オフ・ビートなところはポン・ジュノの映画を彷彿とさせる。実際、「殺人の追憶」と比べながら観ていた。

殺人の追憶」に似ている点は多いが、こちらはとにかく、映像に金と力が入っている。圧巻はスタジアムの長回し。空撮からワンショット(に見える編集)で一気にたたみかける映像に、思わず「おぉぉ…」と声が漏れた。

そこから、さらに話は続くのだけど……。

最後の締め方は、言わずもがなのことを語りすぎていて、ちょっとくどいんじゃないのか? どうして丸く収める必要があるんだ? などと思ったのだが、考え直して、評価が上がった。(詳細は以下)

もう一回観たい。

86点。

ノート

  • エンドロールになってすぐは、意味がよくわからなかった。えーっと、それって、長年の疑問が氷解して、気持ちがすっきりしたから、彼女にアタックする気になったってこと? ポン・ジュノならもっと衝撃的に撮るでしょ最後は…
  • ……などと思っていたのだが、一緒に行った部員といろいろ話をしながら、考えを改めた。あの終わり方はある意味衝撃的。
  • 被害者の夫を評して「あの愛は本物だ、目を見ればわかる」というようなことを主人公は言う。
    • これは直観であって、主人公の主観にとっては、ゆるがしようのない真実だ。
    • しかし、その男が行っていたことは、自分の妻を殺した男を終身刑として飼いつづけるという、異常な行動だった。
    • この矛盾は何なのか、と主人公はいっとき悩むだろう。
    • そしてその後、結末のシーンに至る。
  • 主人公が昔惚れていた女に「自作の小説」を持って行って読ませている、という、全体の構成に意味がある。
    • 主人公の過去の回想は、全篇、「オレの目には事件はこんなふうに見えたんだけど、君はどうかな」というていで語られる。
    • ユージュアル・サスペクツ」をひくまでもなく、語りによる再現映像は信用するな、これ鉄則。そのことは、被害者の夫の、最後のまことしやかな語りの場面でも確認される。
    • 過去の語り全体には「……っていう、まぁ、言ってもオレの主観なんだけどね」という留保が伴っているわけだ。その煮え切らなさが、この映画の二つめのテーマである。
    • 何がほんとうだったのか、どうすればよかったのか、自信がないまま、25年が過ぎてしまった。事件についても、彼女についても。それを確かめるために主人公は彼女に原稿を読ませようとした。
    • 小説を読み終えた彼女に、「あなたは私を愛していたのなら、なぜあのとき私を連れて行かなかったの」と言われてしまう。
    • 主人公は、25年経っても「おれの主観ではこうなんだよ……君はどうだか知らないけど」なんて言い訳をしながら、それでいて、自作の小説のラストシーンに自分に都合のいい描写を入れて、それを相手に読ませてしまうという、どうにも煮えきれないいくじなしなのである。
  • その迷いが、25年ごしの男の異常な行動を目の当たりにした後、変わる。
    • この男のやっていることがなんであれ、この男の愛は本物だと、おれは直観で悟ったのではなかったか。
    • ならば、結論がどんなにゆがんだ形になるとしても、それはこの男の愛の現れなのだろう。おれも自分の気持ちを貫いていいんじゃないか。
    • そうだ、いいんだよ、相手が人の妻でも……行くしかない……!
  • …という思考を経て、主人公は突如、自己肯定をはじめてしまうのだと思う。
    • TEMO(怖い)という言葉に、Aを書き入れてTE AMO(君を愛してる)にする、という、やりかたで。
    • それまでバラバラだった原稿の紙束を、自分で丁寧に糸で製本しているシーンも、「過去の肯定」と解釈できる。
    • 自分の気持ちに正直になれ、とは、古典的な恋愛映画の解答ではあるけれど、この映画、「何を見てどう考えたから、自分に正直になれたか」の部分が、怖すぎるんだよ。
    • 最後に閉じたドアの向こうで、何が起きてもおかしくない。
    • 吹っ切れ方の怖さでは、「CURE」を思い出したりした。

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