こわい話

ドトールミラノサンドを食べていると、丸テーブル席の僕の傍に、派手な杖をついてジャンパーみたいなのを着た40代後半くらいの女性が座った。どんっ、と丸テーブルにリュックを置くと、そこからポーチのようなものを取り出し、そのポーチのようなもののなかからさらに筆記具を取り出した。また別のいれものをリュックから取り出して、中に収まっていた本をテーブルの上に置いた。「サッカーのルール」について書かれた本のようだった。
さらにそれから、何か小冊子のようなものを取り出して、筆記具を置き直して、帽子を脱いで、そこでやっと椅子に腰掛けた。
近くの席に座っていた僕は、きまりわるく、自分が広げている、テーブルの上の「宇宙消失」と手帳とあと何かの本をかたづけた。かたづけた、といっても、テーブルの上の一カ所から別の一カ所に移動させただけだが。
彼女はルーペを取り出し、テーブルに置いた小冊子の小さな文字を、子細に検分しはじめた。「これいつだっけ、あぁ今日は12日か、じゃぁ明日行こう」などと、ぶつぶつ小さな声で言っている。何か展覧会の案内のようなものらしかった。小さな手帳になにごとかメモして、ペンのキャップをはめると、また別の何かを広げてぶつぶつ言いながら眺めはじめた。ぼくが見ている間に彼女は3回、ペンのキャップを外してはめてを繰り返していた。
その人の行動のヘンさをヘンだと書くつもりはない、というのは単なる言い訳だし、見ていてヘンだと思ったからこうやって書いているのだし、そして今から書くことも、そのようなことを書くことの言い訳にはならないと、理解して敢えて書くけど、ようするにこの女の人は僕と同じなのだ。はねトビで、塚地と秋山がよくやる自己完結した人たちのコントを見ているときと同じように、僕はおそろしさに背筋を凍らせたまま、目を離すことができなかった。
しばらくすると、彼女は帽子を被り、眼鏡をかけ、道具をポーチに入れ、ポーチをリュックに入れ、リュックを背負い、立ち去った。帽子は、やってきたときとは別の帽子だった。サッカーの本は、20秒くらいながめていたようだった。