ブギーポップは笑わない

ブギーポップは笑わない (電撃文庫 (0231))

ブギーポップは笑わない (電撃文庫 (0231))

a.

大学生のころ、霊感の強い女の子と付き合ったことがある。すぐ終わったけど。

彼女には、校舎の隅に何かがいるのが見えた。むかし刑場だった場所に立てられた高校で、うつらうつら授業を受けていると、3階の窓の外から死んだ人がのぞき込んでいるのが見えた。体育館に並べたパイプ椅子にいつも座っている人が見えた。そんなことがしょっちゅうあったのだそうだ。

そして彼女には同じ能力を持つ仲間がいた。見えてはいけないものが見える能力を持った仲間。仲間と彼女は、ときどき会って、情報をやりとりして、来るべき「そのとき」が来るのを感じながら、生活しているのだと言った。なぜ同じ学校に仲間が何人もいるのか、それが前世からの巡り合わせだったのか、漫画の読み過ぎじゃないのか…そういうことはよくわからない。

お茶を飲みながら「ふうん…」と聴いていると彼女は言った。「あ、別に信じなくてもいいけどね…本当はそうなんだ、って私は思ってるっていう、話」

「いや、信じないわけじゃない…そのぉ…君が言うなら、それは君にとっての真実なんだろうし」…自分でも何と陳腐なことを言ってるのだろうと思いながら、煙草に火を付けた(そのときは、キャメルを吸っていた)。

彼女が不思議ちゃん(ネガティブな意味ではなく、よくわかんないスーパーナチュラルなものが近い人、くらいの)だったから退いた、というわけではない。彼女はとてもチャーミングだったし、彼女の目の下の小袋と泣きぼくろはたいへん美しかった。しかし、この人と付き合うのは無理だろうな…とも、そのときの自分は思った。

b.

僕にとって「ブギーポップ」は、そういう不思議ちゃんの語る幽霊話だ。

規律正しい学校生活と人間関係(この話では「つきあっている」「ふたまたをかけている」といった表現が、かなりドライに使われるような気がする)の中で暮らす登場人物たちが、ヴェールの中をちょっと覗くと、違う原理がこの世界を支えているのが、見える。

でも、信じても信じなくてもいい。ある、かもしれないが、どうせほとんど関係ない。ヴェールを下ろしてしまえばまた、もとどおりになる。

どうせ、誰も、全体が見えることなんてないのだから、関わる人だけが関わればいい話だよ、とでもいいたげな調子だ。

物語は、一つの時間が何度も繰り返し再生するように語られる。登場人物の誰も、状況の全体を知らない。全く蚊帳の外という人物もいる。知っているのは作者と読者だけだ…。

…いや、そうではなく、…読者こそ…全体の見えない話を延々聴かされるだけで、そこに介入できない、最も疎外されたキャラクターなのかもしれない。

「屋上にいるのが見えたんだ」「XとYはつきあってるらしいんだ」固定した視点を持たず、大きな感情移入を許さない構成の下では、すべてが「ひとごと」として、語られる。
これはまるで、霊感少女の身の上話を聞かされているようなものだ。世界が危機だ、彼女は死んだ…何を話されても、所詮それは君(霊感少女)にとっての真実だ。僕には関係ない。本当は、関係あるのかも知れないが、さしあたって、今の僕には関係ない。

そうやって耳をふさいでいるうちに、物語は終わっている。危機は、去った。

ヴェールを下ろし、目を閉じ、その時間から去っていこうとする、一人の登場人物に、ブギーポップが言う。

「君は君の義務を果たせ」

確かに、関係ないことばかりだ。しかし誰にもなすべきことはある。この話にメッセージがあるとすれば、そういうことだと思った。

極私的参考

「かえるくん、東京を救う」

神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)

神の子どもたちはみな踊る (新潮文庫)