本当に「いやならやめればいいのに」って思ってる?

なにより、コミュニティに留まる最大の理由はユーザーとの結びつきだろう。既に強制退会ユーザーを中心にブログを使った結びつきができつつあるようだが、こうした草の根ネットワークはその密度でどうしても単一コミュニティに及ばない。いずれにせよ、出て行ってしまえばそれは二度と戻らないのだ。

ちょっと自分とは考えてる方向が違うかも知れないけど同意。

  • 運営がポカをやったんだからやめればいいのに
  • 自分の意見が通らないからやめればいいのに
  • まだ使ってる人がいるのが不思議だ

そのたいろいろ言い方はあるのだが、そういう言葉を読むたび、わたしは悲しくなる…というか、あぁわたしは自我の一部をwebサービスに投影しちゃってやめられなくなってる愚かものなんだろうなぁ…と、ちょっと自己憐憫にひたってしまう。

みんなみんなwebサービスを選ぶこと、やめることに主体性を発揮できるわけじゃない。

「そこで築いた人間関係が大事だからやめられない」「愛着を感じているからやめられない」と判断することは、別に悪いことではない。

そう言うことは、弱さを持ち込んでいるかのように取られるし、ネットの議論という土俵では、そういう感情的な要素を持ち込むのはやめましょう、ムラ社会的ですよ、と言われることがある。*1

でも、自分が何を道具に使うか、使い始めた道具に愛着を感じるか、ということは、議論でも勝ち負けを決めるものでもないだろう。

自分の使うwebサービスについて、全てを合理的な判断に基づいて決めなければいけない、ということはない。…というか、「なければいけない」ということすら誰も言ってない。

蛇足

あぁ…はてブのホットエントリの上位をずらずら見てると…そういうふうに誰かが言った、みんな言ってる、と、思ってしまうこともあるかも知れないなぁ…なんて。

はてなブックマークのコメントが荒れる、といったことは大した問題ではなく、ホットエントリを通じて、無菌室的な思考法が標準になってしまうことのほうが、よっぽど問題だと思うけど…まぁそれは別の話ってことで)

*1:蛇足ではあるがモヒカン的であることとムラ社会的であることは等価なのであり、局面に応じて最適な…zzz…あ、もういいですか