プレイ中の妄想こそが経験だ(2:Wizardryと『アラビアの夜の種族』)
「Wizardry外伝2 古代皇帝の呪い」を発掘した。プレイしながら『アラビアの夜の種族』を合わせて読んでいる。
この本の中の作中作『災厄の書』は、「Wizardry外伝2」のノベライズである『砂の王』を元にしたものである。*1
- 出版社/メーカー: アスキー
- 発売日: 1992/12/26
- メディア: Video Game
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どっちについて書けばいいのか迷う。
ウィズ感
とりあえずゲームのほうは、「この即死濃度の高さこそwizッ…」*2と呼べる出来。
DS用の間延びしたウィザードリィなんちゃらを遊んでいたことは、すっかり忘れてしまった。
ずっと前「外伝2」をプレイしたときには、ハルギス(小説中では「アーダム」)を倒して終わった気になっていた。実際にはその下に4つの守護神の守る石室のフロアがあり、さらにそれらに封印されたフロアがあるそうだ(最後までやる根気があるかわからないので、攻略ページを先に見た)。これは、小説の中、アーダムとジンニーアの登場する部分で、きちんとなぞられている。
読み
そういう設定を残したまま、その周りに幾重にも騙りの緊張関係をめぐらせたこの小説は、推理作家協会賞と日本SF大賞を獲ってしまった。
そのあたりを評価して、『アラビア〜』はたいしたWizardry小説ですね、という言い方はできる。
で、自分はそういう読み方とはひと味違いますよ、ということを書いてみたいわけだが。自分のこの本の読み方について書くと、だいたい、次のようなことになると思う。まとまらないので箇条書きで挙げる。
- ゲームを遊びながら小説を読むと、ちょっと見え方が違うかもしれないということ
- プレイ経験ではなく、プレイに伴うプレイヤーの妄想がWizardryの本体だ、という仮説(というか自分にとっては事実)
- その場合の小説はゲームのファンウェアではなくなるということ
- あるいは、幻想小説と思ったら実はWizばなしでした! というゲーム側からの小説へのアプローチとも違うということ
小説とゲームのどちらが主でどちらが従かわからなくなってくるというか。
ゲームのノベライズというと、プレイの外に小説という補完があるのが当たり前のように思えるが、プレイと並行するとその前提がよくわからなくなる。脳内で補完をするために、この苦しい息止めゲームをプレイしている、というほうが近い。はじめに二次創作ありき。
…言い方が難しい。プレイしながら小説を読むと、キャラへの感情移入ではなく、作家の創作行為への感情移入、という形で脳が活動するのだと思う。オレの脳内ではこういうふうに設定を補完しているのだが、なるほど小説はそういうふうに書くのか、というふうに考える。
並走
プレイの合間に本を読むと、私の想像と『アラビアの夜の種族』*3がパラレルに走っている感覚がある。正史も偽史もなく、私や作者(や、作中のナイトブリード達)の想像だけが、ただただ増え続ける。
それはまぁ、遊びながら読むなんてつまらんことをやっている*4私だけの感覚かも知れない。
しかし一般的に言っても、自分が思っていたよりずっと多く、Wizardryのこと(設定だけではなく、その構造)を理解して書かれているような印象を持った。
時間
小説内で、語り手が「時間」の流れについて言及するシーンがいくつかある。「時間が未来から過去へ」「時間が止まる」といったアバウトな書き方で、読者としてはそう感心もしなかった。しかしプレイヤー視点で見れば、これはWizardryシリーズにおける奇妙な「時間」のシステムを小説的に処理しようとしているようにも読める。
このゲームでは、回復や転職をしたキャラクターだけが、時間のカウンターを先に進めてしまう*5。
昨日、私のパーティーのイーリィ(Dwarf-Neutral)もMage→Samuraiに転職した。パーティーの中で彼だけが4つ歳をとり、能力も下がってしまった(転職すると能力が下がるということを忘れていたので、びっくりした)。
ついさっき別れたばかりの筈だが、訓練所の中庭をこちらに歩いてくるイーリィの姿は、別人のようだった。門の前で待つ私たちをみとめると、彼は、よう、と片手を挙げた。仕草はあまり変わらない。しかし見た目は半刻前とかなり違っていた。修行というより、写字室に籠もりっきりになっていたような雰囲気だ。彼は寒そうに、トーガから突き出た、やせて生白くなってしまった腕をこすり合わせた。
門の外で握手を交わした。華奢な外見のわりに手の皮膚は硬く、握力が強い。これは剣を握る手だ。そうだ、サムライに転職したのだった、と、それで改めて思い出した。
「気分はどう?」私が聞くと、彼は困った顔をした。
「…妙な気分だ…。懐かしいような、何も起きていないような…ウゥン…」まだ調子が戻らないようで、まばらな髭をさわったり、頭を左右に振ったりしている。
「中で四年も修行したはずなのに、出てきた途端、記憶が…ウン…端と端を縫い合わせたみたいになるんだよ。頭のどこかでは覚えている筈なんだが、思い出せない。ついさっきまでは、本気で、アルマールにも迷宮にも戻りたくないって、思っていた筈なんだが…どうしてかな…」
これには驚いた。「ちょっと待て。戻りたくないって、どういう意味だ?」一緒に来ていたミズキとも目を見合わせる。転職した後使い物にならなくなる奴がいるとは聞いたことがあるが、まさか自分の身内でそんなことが…。
「あぁ、すまん、ちょっと座らせてくれないか…すぐ本調子になると思う」
そういって、どさっ、と、門柱のそばに荷物を下ろして、その上に腰掛け、両手で鼻梁を揉むようにしてうつむいてしまった。簡単にパーティーのシフトを変えようなんて言わないほうがよかったのか? 「もう少し今の感じで粘れば何かすごいのが見えそうな感じがするんだけどなぁ」と渋るイーリィに、昨日の晩、シフト図を何枚か見せて、僧侶(ミズキのことだ)が前衛に立つのは限界だし、あんたには種族の特質を活かす義務があるんじゃないか、と焚きつけたのは私だった。
「あまり他人に感情移入しない方がいい」ミズキが口を開いた。「もしくは、その感情を、日々少しずつ生命の寿命を削ってあなたがたに奉仕しているプリーストにも分けてくれるといいけど」
憎まれ口だが、それは正論だった。魔法使いや僧侶は、精神力の回復のため、私たち戦士職の3倍から4倍は眠る。旅籠の外にいるものにとっては、仲間が寝ているのは、ほんの小用を足す程度の時間だが、旅籠の中で眠っているものにとっては一晩の時間が流れている。それだけ早く、若さを消費しているということだ。
つまり、祈りで私たちの傷を癒す僧侶は、自分の時間を消費して私たちの生命に変換してくれている、とも言える。平等に、傷ついた戦士自身が旅籠で眠ればいいのだが、そんなことをしていたらあっという間に金も時間もなくなってしまう。ほとんど全てのパーティーが、僧侶だけを眠らせて傷を回復させている。
訓練所にも旅籠と同じ作用が、もっと大がかりに働く。訓練所に行くものの主観では、数年間実戦から遠ざかっていることになる。
そして、イーリィはそこから還ってきた。私たちが角の屋台で揚げパンと羊肉のスープを平らげていた間に、彼の中では四年が経った。
彼のなかで、修行の記憶が抹消されて、私たちとの記憶だけが連続するとはいっても(記憶の端を縫い合わせる、というのはつまりそういうことだ)、それで身体が言うことをきくのだろうか? 昨日と同じように動いてくれるだろうか? 身体は鍛えればよいとしても、精神がいちど「帰りたい」と思ってしまったら…。
そのような感情を本人が忘れてしまう、ということもあるのだろうか。うまく想像できない。私も、とっくみあいに飽きたらそのうち魔法でも使えるようになってみようかな、などと暢気に考えていたが、転職というのは自分の未来に真っ黒い数年間の穴を空けてしまうようなものに見えてきた。気が滅入る。
私は適当に話をつないだ。「ま、記憶は消えてしまったほうがいい気もするな。さっきまでの仲間にいきなりよそよそしくされたり、先輩面されるのもやりづらい」
訓練所の敷地の中で、また、ごろごろと石造りの扉が開く音がした。「ちょっと、場所、失礼」ローブを着た男が私たちのいる場所に入ってきた。気がつくと、私たちは門の前にたむろしていて、他のパーティーの出迎えの邪魔をしていたようだ。私たちが門柱のほうに寄ると、ローブの男は、門の真ん中に立ち、訓練所のドアが開ききるのを、じっと見守っていた。
歩廊の影になった訓練所の出入り口に、ひとりの女が立って、うすぐらい中から男の方を見返していた。遠目にも、女がそこから何かいいたそうなのが私にもわかったが、すぐに促されて、歩廊に下りた*6。ローブの男には、女が主観で過ごした数年の内容はわからないが、一瞬の彼女の表情から、それを読み取ろうとしているようだった。
「訓練所の記憶があるのは敷居をまたぐまで、だ…ここに歩いてくるまでに半分は忘れてしまう。」座り込んでいたイーリィが、ちらっと奥に目を向けて、そして立ち上がった。「さ、もう大丈夫、手間をかけた。行こう」私も、女が自分の感情を忘れていく様を見るほど悪趣味ではなかった。
「ところで、シキイって、何?」ミズキが尋ねた。
「えっ? 敷居は敷居だよ。知らないのか? なぁ?」
ふたりが同時にこっちを見たので、私も応えざるを得なかった「いや、僕も初耳だな」
「なんだよ、常識じゃないか…。あれ違うのか? というか、俺はどうしてそんな言葉を知ってるんだろう?」
「サムライだからじゃないの?」ミズキがにやにやして言った。
「あぁ、そうか…。…じゃ、きっと誰かに習ったんだな…。」
そう言った後は、イーリィはしばらく、珍しそうに自分の手を眺めていた。そのまま、私たちは黙ってボルタックまで歩いた。歩いているうちに、イーリィの頬もずいぶん血色がよくなったようだ。