書きにくさについて

たとえば私が年上の人についてネガティブな感想を持ったとする。少し私が何か言い返すだけで「フー」と鼻息を荒くして黙ってしまう、その人に対して、たとえば「ブログでもすこし継続して書いてみれば、屁理屈力が鍛えられるのに」と思った、としよう。

しかし、そういった所謂リテラシーといった類のものも、年齢が進むにつれ、収入と同じで、挽回不可能な幅にまで広がってしまうものなんではないか…と考えてみる。だとすると、仮にその人が何か書いたとしても、私が感じる書きにくさ以上の書きにくさを感じることになるんじゃないだろうか、と推測する。

もっと言うと、同世代を眺めて感じる自分のくだらなさの重さが違うというか。

くだらないことしか書けない若い世代の一部よりも、くだらないことしか書けない若くない世代の一部のほうが問題なのだろう。そして若くない世代の人たちは、自分がくだらないということをよりよく理解するので、恥ずかしいから何もしない、という選択に落ち着く。

そして私も日々それに…ムニャムニャ。

追記

自分で書いてよくわかんないですけど。リテラシーというのは線上に分布しているのではなく、年齢を横軸に取った、指数関数的な上昇曲線を上限値とする面の中にマップされるんだなということ。それで、ある程度以上、上下の幅が広がっている場所では、上を指向するとか考えること自体が辛いということ。