万物理論(と「萌え」差別)

について、

「萌えが…」とか「フィギュアが…」とかいう元記事のナニさについてはノーコメント。これはいっしょに怒ってみることがなにかの連帯感につながっていると思うからであって、どこまでが生理的なイヤ感なのかわからないことで簡単に怒れないと思ったからでした。

それはそうと、こういう話題を小説内で書くということは、グレッグ・イーガン小林泰三みたいな人ですか。まだ読んでいませんけども…

あと、メモ。