共和国日記

(あらためて断るまでもないがこの日誌で私は多くの人名や地名を伏せている。やむを得ず人名を出す場合にはそれは必ず偽名である。【訳注:敢えて元著者が偽名を使っていると理解したものは、その発音に近い英語風の名を仮名で当てた。他の一般名詞の訳出にならって、日本語で理解できたほうが自然だと思われる場合は、わかりやすい表記にあらためた。】)

親書管理委員会の集まりに顔を出した。D村とH町とJ村合同のものだったので、店内には見知らぬ顔も多かった。J村の記事書きの女は私の幼なじみなので、なるだけ離れて、飲み物の樽の側に立つようにしていたが、すぐに見つかり、声を掛けられた。間の悪いことにそこに村長が居合わせた。
「なんだ、君たちは知り合いか」
「旧い友達です。堅信の儀式を一緒に修めました。その後、彼女は修辞術を学ぶためにM県の学校に進みました。このように立派な修辞保護官をつとめられていて、同郷の者として光栄です。しかし特に今は直接私とは…」
私がここまで喋ると、村長は破顔し、ぽんぽんと私の肩を叩いた。「ちょっと堅すぎる。まぁ、私も野暮なことは言わないからね、ごゆっくり」そして私の方にちょっと目配せして「後で話そう」という表情で眉を上げると、別の話の輪に入っていった。
タビィは28歳で、私よりも2つ年下だったが、小さい頃から弁論の技術に長けていたので、中学のときには1年飛び級であがってきた。私が14歳のときに学校を1年離れていたから、それで同じ学年になった。後ろにまとめていた赤い髪は、今は黒くてまっすぐになっていた。
「職業的なことはいいっこなしで、よろしくね」
「お互いにね。しかし、それだと話題がない」
突然、ぷっ、と彼女は吹き出した。修辞術を深く学ぶと、常人が普通に使うような言い回しが面白く感じられるという。それで毎年数名、優秀な記事書きが狂うことがあると聞いた。しかしタビィの今の笑いは職業的な興味から出たものではないと思った。
「それに、職業抜きではここに引っ越してきた経緯が話せない。」
「好きで共和国に戻って来たことにしておけば?」
「そんな物好きはいないだろう。転居届けには<防衛>と書いたよ。意味深だと思わないか。それに、これを付けて歩き回っていれば、わけありの田舎者だな、というふうに思って貰える」胸につけた百合型の紋章がひらひらと光った。

(続く)