春にして君を離れ

一昨日から読んでいたのを読み終えた。

3/4まではめちゃくちゃ面白い。地味な話(列車で足止めを食った中年女性が暇になって来し方を振り返るだけ)が、ミステリの技法を駆使して、じつに劇的に、展開する。冒頭のつかみからすばらしい。

話を追うにつれ、主人公であるジョーンが、自分の規範の世界に閉じこもったイタい人間であり、周囲から生暖かい目で見られているということがわかってくる。その積み重ね方(あるいは、暴き方)が、図抜けて巧い。

単にイタい人の話に終わらず、この小説が特別なところは、ジョーンという人物が読者にとって、全くもって他人ではないと感じられること。読者の視野は、主人公の外にあって、主人公のイタさを「志村うしろー!」的な視線で見ているけれど、同時に「私にもこんなことはあったし、今でも気づいていないだけでイタい奴なのかも知れない」という不安から、主人公を切って捨てることができない。

(追記:読んでいる最中、この不安な部分を膨らませておセンチな感想を書くつもりでいたが、最後まで読んで、かならずしもそれがテーマではないと思い、気が変わった。)

で、終盤、ジョーンの煩悶を経た後、エピローグがロドニー(主人公の旦那)の視点で書かれていることに、胸くそ悪くなる。ジョーンの経験を鼻で笑うかのように……そして最後の一行……いったいお前は何様なんだ、ロドニー。不倫しかけたとか牧場やろうと思ったとか、お前の経験に根ざした人生観がどんだけ人より偉いんだっつの。高校の文化部にいそうな「<あの人は仕方ないからねー>とか訳知り顔なことを言う男」を連想する。

だいたい、この厚さで、ジョーンが心を入れ替えてめでたしめでたし、なんていう展開は考えられないんだから、終盤わざわざ「さあどうなる」と引っ張った後落とす、みたいな締めは、必要ないじゃない……どうもならんやろ、普通考えて……。クリスティもひどいです……。

「誰もが、自分に起きていることの意味なんてわからないし、その意味に気づくことなく死んでも全く不思議ではない」という結論でそのまま描ききってあれば、手放しで「よい!」と思えるのだけど……。そうそういい気分にはさせてくれない、このヤーな感じを含めた一冊なんだろうな……。

ある意味「最後の一行で世界が反転する」小説なのかもしれない。反転というか……輪が閉じて、共感の対象が怒る相手に変わるというか……。

主観的な感想で、読んだことない人には、何の話かわからないと思いますが……つまり、その、小説の登場人物に対して頭に来るくらいの、傑作です。

春にして君を離れ (ハヤカワ文庫 NV 38)

春にして君を離れ (ハヤカワ文庫 NV 38)


春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

春にして君を離れ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)